そう思うと、急に現実味が増して鼻の奥がツーンと痛くなった。

麻紀が荷物をまとめて部屋を出ていったとき、泣けなかった俺。

それが嘘みたいだ。


「麻紀、元気で」


すでに背中を向けて歩きはじめていた麻紀に声をかけた。

麻紀は立ち止まり、ゆっくりと振り返ってこっちを見る。

そして。


「誠治も!お幸せに!」


大輪の笑顔の花を咲かせ、店の中の2人にも聞こえそうなほど、大きな声でそう言った。


「ああ、サンキューな」


“お幸せに”

そんな言葉が照れくさくて、気の利いた一言も言えななかった。

けれど、麻紀は満足したようで、代わりに茶々を入れてくる。


「誠治が見つけた最高の彼女なんでしょ〜? もう1回、ちゃんと告白すんのよ〜!」

「うるせー!」

「ばーか!じゃあね〜!」


最後にとびっきりの憎まれ口を叩き、ヒラヒラと手を振ってまた前を向いて歩きだす。

その後ろ姿は、今まで見てきたどの麻紀よりも凛としていて。

俺が言えた義理じゃないが、とても綺麗だった。