「…葵さん、職員室に…用?」


 ほら、話し掛けてきた。


 私に気付いた鹿島君は、何時ものように声を掛けてきた。私の下の名前を当たり前のように呼ぶ。

 その透き通るような音色で。

 あの初めて話した翌日から"木下さん"から"葵さん"に変わっていた。

 許可した覚えはないのに…、なんて思いながらも私はその事を追求しなかった。

 いや、だって、鹿島君があまりにも自然に呼んでくるから…ね?"まぁ、いっか"みたいな感じで。





 私はふと彼の手元を見た。

 彼が手に鍵をぶら下げているところを見ると、どうやら私がコーヒーを貰った、あの第二準備室に行くみたいだ。


「私は薫についてきただけだよ」

「薫…?……あぁ、何時も一緒にいる…」

「そう、あの黒髪ロングの子。……って、鹿島君。――髪、撥ねてる」


 指を指して教えると、鹿島君は撥ねた髪を治そうと手を頭に持っていくがどれも的外れな場所ばかり。


 そこじゃなくて……、


「もう少し右…、あぁー…違うそこじゃなくて、っもう、頭下げて」


 何時までたってものろのろと撥ねを直そうとする鹿島君に痺れを切らした私は、背丈差のあり過ぎる彼を強引に屈ませる。

 恥ずかしそうに頭を下げ前屈みになった鹿島君の髪に私は、そっと触れた。


 あ、柔らかい…、


 彼のぼさぼさで無造作の髪は意外にも柔らかく、触っていると何だか心地よかった。