「ねえ、勇太」
ぽつりと、日向が呼んだ。
「何?」
「……さっき、亮太、居たの?」
さっき……
森で、俺が兄貴と呟いたことを言っているのだろうか。
「……分かんねえ」
あの時は、兄貴がそこにいたような気がした。
でも今は、居なかったような気がする。
ここ暫く、兄貴が俺の夢に出てきたこと、兄貴が、日向の居場所を教えてくれたことを日向に言おうか迷った。
でも今は、言う必要がない気がしたから、俺は黙っておくことにした。
「日向」
今度は俺が日向を呼んだ。
「何?」
俺は、繋いだ手に力を込めて、日向の存在を確認した。
「俺、これからずっと、ここにいていいか?」
ずっと、日向の隣に……
「日向の左側はさ、兄貴の場所でいいからさ」
俺には、日向を独り占めするようなことはできない。
今更何を言ってるのかとか、日向に対する気持ちが中途半端なのかと思われるかもしれない。
でも、そんなんじゃない。
今も兄貴は、日向の左にいるような気がするから。
兄貴がいることで、俺達の空間は満たされていくような気がするから。
「……うん」
きっと、日向も同じ思いなんだろう。
小さく頷いて、俺の手を強く握り返してきた。
「あ」
日向が立ち止まった。
「どうした?」
「見て」
左手で遠くの空を指差す。
その時に、薬指の指輪が太陽の光を受けて輝いた。
「虹が出てる」
日向が言うとおり、空には、大きな虹がかかっていた。
「ホントだ……久々に見た気がするな」
「うん。私も」
日向の表情は、昔と同じものに戻っていた。
いつも、何かを見つけては、俺達に教えていた。
自分が見つけたということを、どこか誇らしげに思っている顔。
俺はその表情を目に焼き付けて、再び虹を見つめた。
虹を見ながら、繋いだ手に、俺は新たな誓いを立てた。