相手は凡庸な剣士とは違う。隙を見せれば即座に眼前に押し迫る。


「うあっ!?」


暗闇から突如飛び出した刃。それは思わず声をあげて退け反る夜太の額寸前を通過する。


━何が…!?


続けて現れたのは上段からの振り下ろされた刃。左に飛んだ夜太が先程までいた位置を真っ二つに叩き割る。


━何が起こっているんだ!?


必死に回避行動を続ける夜太。その表情は混乱と恐怖に満ちてる。


完全に、陸野の殺気に喰われてしまっていた。


それは彼のある意味最大の武器で、最大の弱点でもあることに起因していた。


守らなければならない人が出来たことである。


今まで彼はいつ死んでも構わない。己を持たない戦いに身を置いていた。


死んで悲しむ者はいない。斬り合いの果てに死ぬことこそ己の価値と。


己の感情を殺し戦ってきた。


しかし今の彼には戻るべき場所がある。帰るべき家がある。それを求め戦い、斬り進む。


心の何処かで、無意識にながらに彼は逃げだしたい感情を生み出していた。


もう戦いたくない。もう帰りたい。


お雪。


会って抱きしめたい。