テーブルの上の食事が冷めてしまいそうだと夫は何度か廊下のほうに目をやったが、なかなか話は終わりを見せない。

 侑海はついに箸を両手に持って茶碗をカチカチと鳴らし始めた。

「こら、行儀が悪い!」

「だって、お腹空いたんだもん」

「そうだな。もうちょっと待ちなさい」

 そう言って武彦は二本目のビールに手を掛ける。そのとき、襖の奥に繋がる冷たい廊下には、すでに通話が終わった画面に見入り、その明かりでほのかに顔を浮かび上がらせているひろみがいた。

「おーい」

 そのひろみの耳に、しびれを切らした武彦の声が飛び込んでくる。いつまでも考えがまとまらない頭を二、三度横に振ると、意を決したように居間へと踏み込んだ。

「長かったなあ」 

 取り立ててひろみの様子を窺うこともなく、テレビを観ながら開いたビールをあおる武彦。しかし侑海の言葉に反応して自分の妻を省みた。

「ママ……ねえ、どうしたの?」

 そこに立ちすくんでいるのは、先ほどとは見違えるほど顔を蒼白にしたひろみだった。その異様な様子に武彦も口を揃えた。

「おい、ホントにどうした」

 笑顔を消した顔には悲壮感が漂い、その唇は血が滲みそうなほどにきつく結ばれたままだ。そしてじっと二人を見つめる目から不意に涙がこぼれた。