ひろみは幼い頃、土砂災害によって生命の窮地に立たされたことがある。重く押しかかる泥に自由を奪われ、呼吸は苦しく何度も泥水を飲んだ。

 不安と恐怖しか存在しない暗闇にどのくらい押し込められたのだろうか?

 突然その暗闇が取り払われ、あまりの眩しさに思わず強く目を瞑る。しかしやがて薄く見開いた瞳に映ったのは泥だらけになった一人の自衛隊員の姿だった。

「もう大丈夫だ」

 その一言がどれほど温かかっただろう? どれほど心を満たしてくれただろう? 恐怖に晒され続けた少女にとってはこれ以上望むべくも無い言葉だった。そしてひろみは満たされた安心感のなか、大きな声で泣いたのだった──


 そして今、ひろみは自衛官として人生を歩んでいた。

『一人でも多くの人を救いたい』

 それが彼女の信念と言える。そのため適齢期になっても結婚にすら興味は無かったのだが、ある日ふらりと立ち寄ったラーメン屋の店主に見初められ、猛アタックを凌ぎきれずに苦笑いを含んだ結婚をしたのだった。