このような時だけ則夫は助けを求めなければならない。下手に動くことさえ致命的な危険に晒される可能性だってあるからだ。

「どなたか……すいません」

 首を左右に振りながら近くを通る人々を探す。

 しかしその声に応えてくれる人はいなかった。いや、一人だけ彼に近づいてくる足音がある。その方向に則夫は顔を向けた。

「あー……あう」

 掛けられたその声は言葉としての意味は持っていない。しかしその音質から女性であること、そして不安を打ち消してくれたことだけは分かった。

「あの、近くに古谷針灸院ってあると思うんですが……」

「う……あ」

「すいませんが、その針灸院までの道に連れて行ってくれませんか?」

 訊ねたものの、その女性が則夫の手を握って導いてくれる様子は無い。

「あの……」

 そこで則夫は理解した。この女性は聾唖なのだと。

 一方の美里はと言えば、こちらもまたどのように言葉を伝えれば良いのか思案にくれていた。そこで則夫の手を取ると、手の平に文字を指でなぞった。

『ど・う・し・た・の』

 いまいちその文字を理解できない則夫はもう一度という意味で人差し指を立てた。今度はさらにゆっくりと文字を書く美里。そしてそれは則夫にも伝わった。