頭の中にだけ描かれた地図を頼りに自分のアパートへたどり着いた則夫は、一階の右端のドアノブに鍵を差し込む。

ドアを開けると外の冷気が暖められた部屋のなかへと流れ込んだ。その冷気を首元に感じた美里は、キッチンで動かしていた手を止めてドアへと首を回した。

「ただいま」

 その気配で美里が夕食の準備をしていることは則夫には分かる。

しかしどんな姿で、どんな表情を見せて自分を迎えてくれているかということを知る術はなかった。

 その則夫の手に、美里の手が触れた。靴を脱いだ則夫の上着を脱がせると、ハンガーに掛ける。

則夫は「ありがとう」と言った。

 しかし美里は微笑むだけで何も答えることはない。

 モルタル造りの安普請のアパートには家具もほとんどなく、申し訳程度のカラーボックスと衣装ケースがあるくらいだ。しかしそれすらも則夫には見ることが出来なかった。

 美里が手を引いて出来たばかりの夕食が並ぶ小さなテーブルへと促す。そして傍らに置いてある白いボードを取り出すと、則夫の指を掴んでそこに導いた。小さな突起が点々とつらなるそのボードに指を押し付けてゆく。

 それは点字であった。