「なんで男ばっかよ、客は……」

 店内の内装は狭いながらも女性を意識した小洒落た作りだ。

開店当初の予定では今ここは若い女性であふれ返り、黄色い声で彼の名を呼ぶ声がひっきりなしのはずであった。

「あさきっつぁん」

 またしても声を掛けてきたのは野太い男の声。勿論女性客がひとりも居ないのだから黄色い声が上がろうはずもない。声を発したのは常連の証券会社に勤める自分と同じ歳のサラリーマンだ。

「いま世界で何が起こってるか知ってる?」

「何って、何よ」

「たぶん近い将来とんでもないことが起きるよ」

 その証券マンは熱燗を猪口に継ぎ足しながら言葉を続けた。

「ここ三年ばかし、なんかおかしいと思わない?」

「おかしい? 別に何も大きな事件は起きてないっしょ」

「それだよ、それ!」

 証券マンの上体がカウンターに覆いかぶさり、覗き込むように顔を近づけてきた。

「いいか、アメリカはイラクから突然の撤退、北朝鮮もあれだけ揉めてたのに急に防衛問題も立ち消えだろ? イスラエルとパレスチナも不可解な和解だし、アフリカ諸国の内紛だって今はどこでもやってない」

「いいじゃんよ、平和で」

「あのな、人類の歴史上戦争が無かった日なんて一日もないんだぞ。それが三年も続いているって異常だと思わないか?」

 あさきちは空いている手でグラスに水を一杯注ぐと、それを一気に飲み干し、そして言った。