春先の空気は澄んだ冷たさをまとい、どこまでも広く感じる夜空には星々が鮮やかに煌めいている。

 この日はそんな夜だった──

 山奥の小さな山村、その大きな家の畳敷きの居間は、外の冷たい空気とは裏腹な温かい空気に満たされていた。

「こーら侑海(うみ)、ちゃんとパジャマ着なさい」

 裸で走り回るもうすぐ小学二年生になる娘を追いかけながら、風呂場でわが子を取り逃がした夫にひとつふたつ文句を言う母親の姿がある。

 夫の武彦は拭いても意味が無いような若禿の短髪をバスタオルで拭きながら居間に姿を見せた。しかし小言に耳を貸す様子もなく、明日の予定を妻のひろみに聞いてきた。

「花見さあ、美奈子ちゃんも来るの?」

 その名前はひろみの両親と同居している妹の名前だ。明日は少し早いが花見の予定を入れていた。