「あんた、びくびくしすぎだよ。もっとシャンと胸を張りなよ」
ロク婆さんの平手打ちが僕の背中を思いっきり打ったため、思わず前につんのめった。あながち僕の予想は当たっていたわけだ。僕は背筋をこれでもかと云わんばかりに伸ばし、ロク婆さんの目の前で敬礼を決め込んでみた。
「これでいいんでありますか、隊長殿」
「なんだいそれ、やだねあんた。可笑しいよ」
ここへ来て初めて見たロク婆さんの心からの(恐らく)笑顔は、つり上がったふうに見えていた眉毛をくずし、頬の皺は一層増えたけど一番魅力的な表情だった。笑い声も壊れた笑い袋みたいに豪快だった。
「あんた、真面目な顔して油断できないね。やっぱりそっくりだ」
「ああ、秀一爺さんに」
「そう。まぁ、気をつけて帰えんな」
「では」
この家にはあと「甲斐バンド」や「ザ・フォーククルセダーズ」のレコードなんかがあれば完璧ですよとは云わずに、そそくさと錆付いたノブに手を掛けて扉を開いた。
