アホロートル

栄介は、高校生になった頃から地元の駅にほど近い美容室で髪を切っていた。

大学に合格して住まいをかえても新しい美容室を探して何度も通ったし、またこれから新しい美容室を探すだろう。

理髪店なんて、スポーツ刈りにしていた中学生の時に卒業するもの、そして40すぎたくらいでまた再入学するもの。

そう考えていた。

床を掃くのをやめ、蒸しタオルを広げ、スーちゃんに渡す。


そもそも、理髪店は女性の来る場所ではない。

『うー、あったかい。あ、バイトの子は名前はなーに?』

ケーキ屋の話がおわると、話題は栄介に向けられた。

しかし、この問いは栄介に投げ掛けられたのではなく、中川に投げ掛けられたものだ。

中川は、剃刀でスーちゃんのうなじを整えながら、栄介を簡単に、本当に簡単に

『栄介くん』

とだけ紹介した。

その代わり、スーちゃんの紹介は長かった。

『スーちゃんはね、もう何年になるかな、ここの常連でね。女の子のお客さんなんていないから、おじさん可愛がっちゃうんだよ時々遊びに来てくれてね。』

その後、どこでなんの仕事をしているか、髪型はどんな風にしているか、何年に生まれて干支はなんだとか、知りたくもないスーちゃんを知るはめになった。

『よろしくー。栄介さん。』

この日初めて直接交わした言葉だった。