アホロートル

結局、店から15分程度の場所に、ストールの持ち主はいた。

入り口を開けると、ちょうど正面で、大きなマグカップで何やら飲んでおり、栄介の手に絡まるストールを見てむせる、女性。

『あー、それ!どこにありました?』

口元についたコーヒーか紅茶だかを袖で拭いながら駆け寄ってくる彼女はきっと中川の言うスーちゃんだ。

中川からは「うちによく遊びに来る若い子」とだけ聞いていたのだが、顔立ちを見る限り30代くらいに見えた。22歳の栄介からはとても「若い」とは言い難い。

色が白く、口が大きい。そんな印象で、一瞬何かに似ていると思ったが、それを考える必要もないと思い、そんな感情は頭の隅っこに追いやった。

『あ、中川理髪店のものです。店の前に落ちてました。』

女性は、栄介の顔をまじまじと見つめて少し口元をゆるませた。

『どーもどーも。沢村スワ子です。バイトの子?』

『あぁ、はい。先月から…』

『そう。こないだお昼にお餅持って行った時に落としちゃったみたい、ごめんねわざわざ。』

栄介は、はあとか、ああとか適当な相づちを打ち愛想笑いを浮かべていた。

スーちゃんは、ちょっと待ってねと言うと、駆け足で自分の机に戻り引出しを探ると、両手をお菓子でいっぱいにして戻ってきた。そのほとんどはお煎餅やらかりんとうやらで、栄介はなんとなくその田舎じみた感じが嫌だった。

『お礼、おじさんと食べて。』

大きな口から小粒な歯をのぞかせて、スーちゃんはにんまり笑って半ば強制的にお礼を渡してきた。

きっとこのほとんどは中川にあげる事になるだろうなと思いつつも、栄介は社交辞令的に頭を下げ、笑顔のスーちゃんに見送られながら再び自転車を漕ぎはじめる。

途中、スーちゃんの言っていた、「こないだ持って行ったお餅」を自分は一つももらっていない事に気付き、今日のお菓子は独り占めしようと決めた。