四月。風が生ぬるく、日差しがやけに暑い。おかしな日だ。

小花柄の、ガーゼでできたしわくちゃのストールを拾い上げ、栄介は店に入る。

小さな町の小さな商店街にある、小さな理髪店、中川理髪店。

細くて華奢な店主は、60代目前であるが、髪を鮮やかに黒染してポマードでこれまた鮮やかに七三分けしている。

栄介は、先月からここでアルバイトをはじめた。

火曜から土曜の週五日、午前10時から午後3時までの五時間。

実質、昼休憩が入るから4時間半。

蒸しタオルを作ったり、床を履いたり、とても繁盛しているとは言えない店なので、勤務時間のほとんどは『暇』という言葉でおわる。

これで月5万もらうことになっている。給与の額は、店主のなんとなく、で決まった。

足の悪い店主には、5万を払ってでもやってもらいたい雑用なのだ。

それに、店自体の収入は少ないようだが、不動産収入と妻の保険外交員収入で、懐は暖かいようだ。


『入り口に、落ちてました』

昼休憩を終えた栄介は先程拾ったストールを店主の中川に渡す。

中川は、漫画の中の漫画家のような丸眼鏡を低い鼻からくいっと持ち上げ、ストールをまじまじと見つめ

『あぁ、きっとスーちゃんのだな』

と言ってストールをソファーにおいた。
待ち時間に雑誌や漫画を読むために設置した、牛革の黒いソファー。

中川と栄介がテレビを見るために座るものになっているが。

栄介は、お昼は何を食べたとか、外はあたたかかったとか、いつもと同じ会話をし、ストールを端に追いやりソファーの真ん中にどかりと座った。

中川は、スーちゃんというストールの持ち主の電話番号を探そうとしたが、こんなに派手なもの、無くなっていたらすぐ気付くよね、と自分に言い聞かせて、ソファーに座った。

そろそろ昼ドラが始まる。

最近の習慣だ。