見慣れた町並みも、今日だけは少し特別に見える。
春の暖かい日差しのお陰で、完全に開いた桜の花で、周りの景色はほぼピンク1色だ。



「ぶぇくっしょい!!!!!」



豪快なくしゃみをかましてくれたのは、本作の主人公、小日向銀。
彼は、アレルギー性結膜炎と花粉症の所為で、この時期はとても憂鬱になる。



「っあー…。入学式でくしゃみしちまったら、恥ずかしいよなぁ…」


ズズッと鼻をすすると、ハアとため息をついた。

彼は今年で高校1年になる。
それなりに受験勉強をし、それなりの高校に合格した。
入学式も小学校から数えるとこれで3回目。
特に何の感動も無く、今日という日を迎えていた。



「柚ちゃん!早く早くー!」


真新しいランドセルを背負った男の子が、後ろから銀を追い抜いていった。

「そんなに急がなくても大丈夫だってばぁ!」

お姉ちゃんであろう女の子が、男の子を追いかけていった。
そんな二人の姿を、両親であろう二人が、微笑みながら見つめている。

小学校の入学式の日は、あんな風に生き生きしていただろうか。
銀はふと過去のことを思い出していた。
ほんの10年前は不安と期待に満ちた、新たに始まる日々を待ち望んでいたのだろう。


「それが今じゃこんなんだもんなー。」

銀は、自分の前に居る男の子と自分の姿を比べて、1人苦笑いを浮かべた。
そして心の中で密かに、10年後もその気持ちを忘れるなよ!と名前も知らない男の子にエールを送った。