パタパタパタ……


優真は廊下を足早に進む。 
校舎に残っている生徒はいないらしく、どこの教室も電気はついていない上に廊下も薄暗いため視界が悪かった。


(昇降口閉まってないといいけど)


そんなことを思いながらやっと目の前に下駄箱が見えた。 と、不意に中庭に植えられている桜の木が視界に入る。


「…うわ…」


何故か惹かれた。 つい立ち止まって見入ってしまう。

何時も見慣れ過ぎて素通りしてしまうはずのそれが、今は酷く優真の脳を刺激し残像を焼き付けようとしてくる。
 


静寂な暗闇に堂々と立つその姿がとても神秘的で。



桜の花びらが自ら輝いているみたいで。



優真は引かれるように一歩、また一歩とそちらに足を進めた。 もっとしっかりと近くで見たくなったのだ。 

ふらりふらりと校舎から中庭に出ると、ぽた、頬に滴が落ちた感覚。 優真は上を見上げ、そこで初めて少量の雨が降っていることに気付いた。


「桜雨…」


ぼそっと呟いた言葉は激しくなりかけている雨音に掻き消された。

もう既に制服は、絶え間なく落ちてくる滴をどんどん吸収して重みを増していっている。

それにも拘らず、気にする素振りも見せない優真はあまり意味を為さない鞄でこれ以上濡れるのを防ぎながら、桜の木へと近付いていった。