「何時までこうしているつもりだ」


低いが、よく通る声音に優真はびくりと体を揺らした。


「…なにが? 今は隊務外だから何したって個人の自由だと思うけど…」


あくまで白を切ろうとするその言葉にピクリと片眉を上げた斎藤は睨み付けるように優真を見た。


「はっきりと云うしかなさそうだな……。 何故此処にいるかではない、その腐りきった目をどうにかしろと云っているんだ。 こんな夜も深い刻にこそこそと泣くのはいい加減にしろ」

「…泣いてなんか、……ぇッ…」


斎藤の言葉にハッとして自身の頬に触れた優真はみるみる内に驚愕の表情へと変わった。


「お前…自分で気付いてなかったのか?」


まさか気付いてないとは、斎藤は傍目からは分からない程度に目を見開いた。

そんな斎藤の問いには答えず、ただただ優真は呆然とするばかり。


(濡れてる…)


それは正しく自分が泣いたという証。


「…ふッ」


優真は自嘲気味に息を吐く。

酷く滑稽だと思った、泣いてることにすら気付かない自分が。


「…フッ、ハハッ…フッ…っ、」

「………」


次第に視界がぼやけてくる。
それは止まることを知らず、じわりじわりと広がった。


「ふ…ぅぅ……っ…ぅ…ズッ…」


次々と流れ落ちる滴を見られない様に斎藤から顔を背け、この止め処なく溢れる涙を止めようと瞼を閉じ手で顔を覆う。


(こんな姿見られたくない、)


だがそれもまったく意味を為さず、更にそれは酷くなる一方……――。



「……! …な、にをして……」


優真を温かなぬくもりが包み込んだ。
自分の涙が目の前に触れる藍染めの着物に染み込み、背中にまわされた腕が熱く感じる。


「…大丈夫だ」


拾うには小さ過ぎるその声は、確かに優真の耳に届いた。

優しく温かなそれは心にストンと落ちると先程の涙でできた染みのように拡大し、厚い囲いが悲鳴を上げて崩れ去る。

優真の内で何かが弾ける音がした。