桜の木の誓い

微かな血の匂いを嗅いだと同時に何かの間違いだと思った……思いたかった。目の前の光景を理解するのに時間が掛かる。



「…あぐり、…さん…?」



うそ、だ……。

なんであぐりさんが倒れて……なんで…なんで……。


心がその現実を拒絶する様に、私は横たわる薄紅色の着物を乱れさせたあぐりさんから目を逸らす。



「……ぁ…」



“無理だ”



咄嗟に私はその場から逃げ出した。

それを見たくなくて。

受け入れたくなくて。

信じたくなくて。





すぐ傍のあれは佐々木じゃないと信じたくて──…。



「――無理だ…」



躓こうが、転けようが、私はがむしゃらに走った。



「…、……っ……こんなの……っ」



これは悪い夢なんだ、きっともうすぐ目が覚めてこんな夢……笑い話になるんだ。

そんな風に思い込もうとして、頭の片隅では判っている自分が嫌だった。


 怖い……、


 その事実を受け入れるのが


 失うのが


この闇も、月も、藪も、私のいる“今”という世界が怖くて。

そこから逃げ出したくなった。


親しい者を失う恐怖───それを私が初めて実感した瞬間だった。



藪中から出てきても尚、私は走る事を止めない、否、止めれなかった。

あらゆるものを拒絶しようとする心をどうにかしたかったのかもしれない。



そして、とうとう人にぶつかってしまった。

謝りもせず走り去ろうとする私に相手から突然手首を掴まれる。



「…見付けた」