背後からザッと草履の擦れる音がして振り向けば、佐伯のにこやかな表情と目が合う。



「これで邪魔者はいなくなった」

「邪魔者…?」

「そうだよ。あぐりと私が結ばれるにはコイツが邪魔だろう?」



そう言った佐伯はちらりと倒れている佐々木を見やった。

そして次の瞬間。

あぐりの視界には星の舞う夜空が移り、背中には固い地面の感触。


佐伯に押し倒されたのだと、あぐりは瞬時に悟った。



「…ゃ…やめて……!」

「煩い!黙れ」



あぐりの着ていた薄紅色の着物は乱れ、佐々木以外の男に躯を触れられるその現実に心がついていかない。


(気持ち悪い……、)


「……愛次郎様の前でこの様な事をされるくらいなら…」

「何を云って……って、おい!――チッ、舌を咬んだか」



必死に抵抗していた腕がぱたりと重力にそって力なく落ちる。

口元から血を流している事が、あぐりが舌を咬み切り自害した事を告げていた。










朦朧とする意識の中、そのすべての様子を傍で目にしていた佐々木。

目から落ちた涙がぽたりと地面に染み込んだ。



最愛の人を今し方失った喪失感。



守れなかった悔しさ。



己の腑甲斐なさ。



それらが胸の中を痛く締め付ける。



「…ご……めんね………あぐり…」



虫の音の様な声は誰にも聞かれず、佐々木の瞳からは光が消え失せた。






まるい、まるい、満月の夜。


新たな門出を抱いた二人の若き男女が、最後まで互いを想い合い無惨にも散っていった──…。