驚く程の優しい音色の声に、佐々木は目を見開くも直ぐに顔を緩ませた。

何故なら、優真の表情は安心できるものだったから。


(この人になら、話しても…)


佐々木は廊下の木目を眺め、ゆっくりと話し始めた。


「実は佐伯さんから訊いたんです」

「………」


優真は一語一句聞き洩らすまいと佐々木を見つめ、何も言わない。

「芹沢局長が……あぐり、あぐりを妾にしたいと」

「──え?」


佐々木は拳をきつく握り、その肩は震えていた。それはまるで佐々木の心情を正に表している様。


(妾って…、何でそんな。あぐりさんは佐々木の…)


もし断ったら無理矢理でも妾にとするだろう。普段の悪業からすると、芹沢ならやりかねない。




「…でも、大丈夫です」


だが、優真の心配を裏切るかの様に笑顔を見せる佐々木。
勿論、優真はその表情に怪訝な顔。何故この状況で笑えるのかと。

それに気付き、直ぐに佐々木は言葉を続ける。


「実は佐伯さんから勧められたんです。何処かへ逃げたらどうか、場所は僕が用意しよう、と」

「もしかして…」

「はい。あぐりが芹沢局長の、他の男の隣にいる事に僕は耐えられません。だから僕は、──此処を誰にも気付かれない様、出ます。あぐりにも話して、僕と一緒に来てくれると言ってくれました」

「…そう」

「すみません、先生。剣術を指南して頂いたのに」

「そんな事はいいよ。それよりもいいの?副長助勤に言っちゃって」


優真はニヤリと意地悪く笑った。

それに対し佐々木は、


「先生を信頼していますから」


あどけなさが残る微笑でそう答える。


「──はぁ。判ってます、誰にも言いません。でも………出る日だけは教えて」

「はい。日は……八月二日の戌の刻(二十時頃)に」