「終わっていたとしても、最期の最期ですよ。悔いを残したまま死ぬべきじゃないと思います」

 俺は唾を飲み込んだ。静かだが迷いのないその声に言葉が出ない。

「もしかしたら、奥さんも待っているかもしれないですよ。本当の人の気持ちなんて誰にもわからないんじゃないかしら。待っている可能性が一%でもあるなら行くべきだと思います。そして、それがあなたにとって生きるという事じゃないんですか?」

(待っている? 生きる?)

 そうだ、幻想の愛だなんて誰が決めた。すぐ勝手にすべてを決めつけてしまうのは俺の悪い癖だ。自分の為だけではない。亜紀の為にも行かなくてはならない。たとえそれがわずかな可能性だとしても。

「ありがとう」

 看護士は笑顔で返した。その言葉がなければ萎えていたかも知れない心が再び立ち上がる。

 俺はひとりバイクに跨りエンジンに火を入れた。もう迷いはない。やはり俺は亜紀に会わなければ最期を迎えられないのだ。

 ギアをローに入れるとショックがシートから伝わった。

(行こうぜ、相棒)

 アスファルトを蹴ってバイクに鞭を入れた。静寂な町にその排気音は一際大きく響いた。



 あと十九時間――