同時刻、山口市――。


「……で、奥さんに最後なんて言ったの?」

 早由利は一晩中老人とその妻の話を聞いていた。いや、正確には無理矢理話させたというほうが良いだろう。

「なんも言っとらんよ。ただ手を握りしめてただけだ」

 そこまで話すと老人は喋り疲れたと言わんばかりに腰を伸ばした。

 そのとき大地が震え、きしむ床が揺れた。

 その感じたことのない異様な振動に二人は最期の時がやってきた事を覚り、早由利は老人へ体を預け、老人はその体を優しく包んだ。

「真樹夫は亜紀さんに会えたかなあ?」 

 震える肩が恐怖を物語る。老人はその手に力を込めてゆっくりと言った。

「会えたさ……あいつなら」

「そうだよね」

 早由利は昨日の事を思い浮かべる。

 悪夢のさなか転んでしまい、狂気の渦に飲み込まれそうになった時、その手を力強く握り締め助けてくれた真樹夫の手の温もりを。何度も助けてくれたその優しさを……。


 早由利の瞳から一筋の涙がこぼれ、それを老人の胸に押し付ける。

「おじいちゃん…ありがとね」

 その言葉が最期だった。

 頷く老人の顔はオレンジの光に包まれて……。


(そしてありがとう、真樹夫……)


 もう見ることは出来なかった。