同時刻、山陽地方山間部――。


 美沙子は隆を抱きしめ、一方の手ですでに冷たくなった夫の手を握りしめていた。

「隆くん、お母さんを守ってあげるのよ」

「うん」

 微震が始まった病室で、若い看護士は隆にそう言った。

「最期までありがとう。あなたのおかげで幸せに死んでゆけるわ」

 他の職員が誰も居なくなった病院で、この看護士はたったひとりで患者の看護を続けていたのだ。疲労の色を濃くしたその恩人に美沙子は心から感謝の言葉を述べた。

「わたしなんて……お礼はあの人に言って下さい」

 そう言われて美沙子は昨日の男を思い浮かべる。動かなくなった夫を担いで連れてきてくれた真樹夫を。

「そうね、あの人にも……」

 そして目を瞑って隆の手を一層強く握りしめた。

「じゃああたしは他の患者さんも見てきますから」

 看護士はドアを開けると最期に幸せな家族の姿を目に焼き付けた。そして背後の東の窓から射し込む強烈な光に自分の最期を知る。


(お母さん……)


 途切れてゆく意識は最期にその名を想った。