「もとはと言えばあなたが悪いんじゃない! 無理やりわたしを……」

「産むと言ったのはお前だろう!」

 とっさにテーブルの上に置かれたままになっているコーヒーカップに手が伸びた。

(駄目だ、それは……!)

 引き止めようとする心の声が悲鳴をあげる。しかし俺の手は意志に反してカップを掴んでいた。

(やめろ!)

 俺だって身を切るような辛さにずっと耐えていた。亜紀が少しでも早く立ち直れるように必死に明るく振る舞っていた。亜紀にはそれが伝わらない。胸に抑え込んでいた苦しみが突如として溢れ、カップを投げつけた。

 部屋に激しく陶器の割れる音が響き、亜紀の後ろの壁にクジラのカップは砕けて散った。

 目を丸くしたまま言葉を無くした亜紀がおもむろに振り返る。凍り付いた空気が部屋を満たし、しばしの静寂が流れたのあとだ。亜紀は火がついたように泣きだした。泣きながら破片を拾い集めた。

「馬鹿、手が……!」

 破片で手を鮮血に染め、それでも泣きながら亜紀は破片を拾い集める。まるで幸福の欠片を失くすまいとするかのように。

 後悔が胸を引き絞り息を詰まらせた。


 二人の幸せな思い出は……信じていた未来は、この時砕け散ったのだ――。



(失くしたものが多すぎる……)

 傷心を癒すには山の風は冷たすぎた。