初めてここを通った時の事を思い出していた──

「なあ、亜紀のお父さんってそんなに怖いの?」

「そんなことないよ。柔道五段ってだけで普通のお父さんだよ」

(柔道五段ってのは普通とは違うだろ……)

 心配をよそに、亜紀は久しぶりに帰る実家が恋しいのか、妙にテンションを上げていた。

 この日は初めて亜紀の両親に挨拶に行く大事が控えている。

 俺は初めて自分で車を運転していて乗り物酔いというものを体験するほど緊張していた。

 事前に話は通してある。

 しかしそれでも会うのは初めてだったし、俺の顔を見て気に入ってもらえるのかは分からない。そんな俺の心境などどこ吹く風の亜紀が少し恨めしく思えるほどだった。

 亜紀はわざわざ玄関のチャイムを鳴らした。

 先に入ってくれればまだマシだったろう。しかし、母親の声が聞こえると亜紀はさっと俺の後ろに身を隠した。

「ええ、ちょっと亜紀……」

その亜紀のさらに後ろに身を隠そうとした時、玄関の戸が開いて母親が笑顔を見せた。

「水島さんね、お父さんが待ってますよ」

 その一言はさらにプレッシャーを高めることに他ならない。緊張が走る俺の顔を見て、亜紀と母親は顔を見合わせて笑っていた。

 どうやら亜紀の悪戯好きは母親譲りらしい。