「おじいさんの奥さんは?」

「とっくに死んだよ」

「だから真樹夫の気持ちが分からないんだよ」

「馬鹿を言うな。わしは苦しいときも辛いときも女房と一緒に乗り越えてきたんだ。最後まで愛し抜いた自信がある。そこの逃げ出した挙げ句、未練だけ残してうじうじしとる奴の考えくらい分かるわ」

 何もかも見透かされていた。

 確かに老人の言うとおりだ。愛し抜くことも、守り通すことも、分かち合うことも出来ずに逃げ出したのだ。後悔だけの人生……残るのはそんなもんだ。

 しばらくじっと立ち尽くしていた。親に叱られて何も言い返せない子供のように。

 早由利もただ押し黙ってことの成り行きを見守っている。壁に掛けられた古い時計の音だけがカウントダウンを読み上げるかのように、残された時を刻んでいた。

 焦燥感を募らせながらも動けないでいた。迷い、後悔、失望、虚無……それらが心を縛り付けて離さない。