「おいしいかい?」


 口許に張りつく米粒も気にせず食べ続ける少女に、老婆は目を細めて尋ねた。すると少女は、ぴたりと食べるのをやめた。

 それから、小さく呟いた。


「おいしい……」


 久し振りに上げた声だった。

 話す相手も場所もない少女は声を出す必要がなく、家を飛び出してから今まで声を上げた事はなかった。


「そうかいそうかい、たくさんお上がり」

「おいしい……」


 震える声で呟きながら、少女はぽろぽろと涙の粒をこぼした。


「うっ……ううっ」


 肩を震わし、老婆の前で初めて表情を崩した。老婆は相変わらず優しい眼差しを少女に向けている。


「うあぁああっ」


 突然、声を上げてわんわん泣き出した少女の小さな背中を優しく擦る老婆。


「ぁあっ……うあぁ」


 しゃくりを上げながら涙を拭う。

 少女が失くしているのは、笑顔だけではなかった。喜怒哀楽全てを、失くしてしまっていたのだ。


「名前、何て言うんだい」

「…ゆうこ…」

「優しい子の優子か?」

「ぅん…っ」

「良い名だ」


 うんうんと頷き、老婆は言う。


「懐かしい……味がした」

「お味噌汁かい?」


 優子はこくんと頷く。


「そうだねぇ。味噌汁は誰が作っても懐かしい味だからねぇ」

「お…母さん……お父さん…!」


 優子の涙はとめどなく流れる。


「家出じゃないね。何があったんだい」


 老婆は優子の気に障らないように優しく尋ねる。一寸間があり、優子は震える声で答えた。


「学校から…帰ったら、首…吊ってた…」


 老婆は大きく目を見開いた。そして大方の事情を理解した。