ヴヴヴッ


 携帯電話がバッグの中で震えていた。

 亀のようにのろのろとした動作で携帯電話を開く。


『おーい。何してるんだい? パーティーはもう始まってるよ!
眞鍋がアンタの事心配してるからさ、早く来なよ?

P.S.眞鍋の婚約者初めて見たけど超可愛い。眞鍋には勿体無いな、ありゃ。早く見に来いよッ』


 ……紗英ちゃん。

 そっか。紗英ちゃん知らないんだ。私達、誰にも言わずに付き合ってたから。


 ―――――!!


 そ……う、か。そうだったのか…。

 やっと分かった。私の向かおうとしていた場所。

 あそこだったんだ。

 通り過ぎてしまって、もう引き返せない停車駅。毎日のように通った彼の住む町への入口。


 私、ちゃんと降りられなかったんだ。いつもの停車駅で。

 失ってから気づくなんて――。





『結婚しないか』


 きっとあの言葉は、彼にとって最後の切り札だった。

 私はそれすら応えなかった。

 自惚れてたの。どんな風にあしらっても、貴方は私を好きでいるって。

 そんな訳、あるはずないのに。





RRR…RRR…


『もっし~? 紗英ちゃんですよ~』

「紗英ちゃん…。私、行けない」

『へぁ? どした、急に』

「ごめん。眞鍋くんに“おめでとう”って……“幸せに”って伝えて」

『ちょ、』


 紗英ちゃんの言葉を遮るように電話を切った。


 そして生暖かい涙が頬を伝うのを痛いくらいに感じていた。

 戻らない恋を取り戻したいと思う身勝手な心とともに。


「お客様、終点です」


 車掌の穏やかで心配そうな声を受けて、そっと涙を拭った。

 このままでは居られない。前に進まなければ。


 貴方は貴方の行き着くべき駅へ辿り着いたのよね。

 だから今度は、私の番。


「今、降ります」


 ――プシューッ

 背を向けた電車の扉が、そっと閉まった。





*End*