(もう忘れ物ないよな?)


 突然決まった外出に、菜子は少し混乱気味。一旦深呼吸して外へ出る。

 目の前には、灰色のマフラーに白いコートの男が立っていた。

「あ、敦史…っ」

「遅い」

「ごめん。……じゃねぇよ! 家の前にいるんだったら普通に訪ねて来いよ! 電話じゃなく!」

「訪ねて断られた方が悲しいじゃん?」

「知らねーよ!」

「あーぁ、相変わらず可愛げない……はっくし! あー寒」

「あっ…ご、ごめん!」


 菜子は篤志の頬を両手で挟んだ。ひやりと冷たさが手に伝わる。

 敦史は突然の菜子の行動に目をしばたたかせる。


「な、何だよ。ジロジロ見んな!」


 急に気恥ずかしくなった菜子は敦史の頬を放す。


「いやー…、菜子が一瞬女に見えた」

「は?! やめろよ、んな事言うの! 気色悪っ」

「いやいや、自分で言っといて難だけど、お前仮にも女だろ?」

「…………」


 二人の間に沈黙が流れる。

 居づらくなった敦史は目を逸らしながら口を開く。


「取り敢えず…、蕎麦を食べに行きませんか?」

「――ハイ」


 菜子もまた、目を逸らしつつ答えた。


 そうして二人は歩き出す。が、気づけば互いの間に開きがある。


 どうやら来年は例年通りにはいかないようだ。





*End*