「あ…いや、何でもない。気にしないで」


 ……この青年、“今の”と言った。

 どういう事だ? 私は一言も、かつては人間だったと口にしてはいない。死人しか知り得ない事なのに、この青年の口振りは…。


「あまり良い表情とは言えないね。何か悩み事?」


 話してみてよ、どうせ死ぬんだからさ。と小さくつけ加えた。

 その言葉のせいなのかどうか分からないが、私は素直に思いを口にしていた。


「私は貴方の魂を狩らなくてはならない。……狩るのは嫌だ。でも狩らないと私は消滅する。そうなれば恩師は嘆く」


 私が罵られる分には構わない。けれど、私が青年の魂を狩れず消滅すれば、恩師まで罵倒される。それだけは嫌だ。


「君は優しすぎる。死神向きじゃないね。人の死に恐れを抱いている」


 優しく柔らかな声音であるが、突き刺すような鋭い言葉。

 この青年は、人の心情を察するのがとてもうまい。


 ――そんな事分かっている。


「貴方は怖くないのか」

「怖いさ。人間だからね。死ぬのは怖い」

「貴方が生きたいと言えば、私の意志は固まる」

「なら尚更、俺は生きたいなんて言わない」

「何故」

「君に生きていて欲しいからかな」

「私に? この死神である私に生きていて欲しいと?」

「例え死神でも君は、今こうしてここにいる。それが何よりも生きている証じゃないか。……俺の彼女は優しすぎて、人一倍抱え込みやすくて。そのせいで死んだ。君は精一杯生きてくれよ」


 ―――生きる。


「…と、終わった」


 分厚い原稿用紙を揃え、大きな封筒に入れた。


「時間だ」

「よろしくお願いします」


 青年に向かって、大きな鎌を振り翳す。


 覚悟を決めて、私を見据えている青年を見ているのがつらい。胸が痛む。──躊躇が生まれる。


「大丈夫だから」


 優しい眼差しを私に向ける青年。


 手が、震える。この手で、人の魂を狩る──そう思うと、怖くて鎌を振り下ろす事が出来ない。