そうして今、私は地上にいる。


 辿り着いたのは大きな病院。私達死神の大体の仕事場。私の所属する管轄が仕切っているエリアの中で最も大きな大学病院。

 基本的に、病院が仕事場になれば楽だ。妙に覚悟を決めた人が多いので、潔く狩らせてくれる。


 しかし私の場合、どの場所でも同じ事。もっと生きたい──そんな想いがひしひしと伝わって来て。無事に狩れたとしても、罪悪感のようなものが残るのだ。


“狩る者”である死神は、いつまで経っても慣れない。


 実体を持たぬまま、今回の仕事の相手の部屋を訪れた。


 27、8頃の青年だった。何やら懸命にペンを走らせている。物書きだろうか。


 ふと、その青年は私を見た。その目にしっかりと私の姿を捕えている。


「……死……神……?」


 驚いた声を私に投げかけて来たので、私は軽く頷いて見せた。


 怖がったり、怯えたり、泣き崩れたり。それが、“死神”だと告げた後の人の反応。

 しかし青年は、恐れも怯えも悲しみも見せなかった。ただまっすぐに私を見つめ続ける。


「そう。じゃあ、もう少し待って。あと少しで書き上がるんだ」


 長い入院生活を経て、死が迫る青年はそれだけを告げて再びペンを走らせた。


 確かに、この青年の死にはまだ一時間弱の時間がある。

 ベッドの隣にあるパイプ椅子に腰かけた。とはいっても、実体はないので実際は浮いている状態だ。


「書き物?」

「うん。俺と彼女の今までの綴り。足跡ってやつ。『小さなヒカリ』っていうタイトルなんだ」

「小さなヒカリ…?」

「そう。俺の真っ暗な人生の中でたった一筋の光。今は…消えてしまった、小さな光…」

「消えてしまったって」

「死んだんだ。十年前に」

「そう…だったのか…」

「そんな悲しそうな顔しないでよ。短い間だったけど、俺は幸せだった。彼女といられて幸せだったんだ」

「ああ。伝わるよ。幸せそうに笑っているからな」

「良かった。君、名前は?」

「No.87」

「87? それが今の君の名前なの?」

「―――?」