幅の広い廊下を、一人靴音を鳴らしながら歩いて行く。

「垣元さん、おはようございます」

「おはようございます、櫻井(サクライ)さん」

すれ違うメイドさんや同じ使用人さんと挨拶を交わす。

「零坊っちゃん、優姫お嬢様を起こしに行くのかい?」

「だから坊っちゃんじゃないですって!」

俺を"坊っちゃん"と呼ぶ、この一条家に代々仕えているという大津場(オオツバ)さん。

この家にお仕えしている人々は、暖かくて優しい人たちばかり。

早く、お嬢様にもそれを知ってもらいたい。
暖かいのは、優しいのは家だけじゃない。

それを、心の傷を隠して笑えない俺のお嬢様に、知って欲しい。

そして、この一条家で心から笑って欲しい。
それが今の俺の願い事。

実はお嬢様は、いまだ心には簡単に消えない傷を隠し続けていて、少し表情は柔らかくなったものの、まだ笑うことが出来ないでいた。

その姿は、まるで人形。
時折見せる、遠くを見つめるような…そんな瞳にたずさえる闇を深くした瞳を見ると、いつか本当に人形になってしまうのではないかと背筋が凍るような思いになる。

自分でも、この短期間でこんなにお嬢様に絶対的な信頼を寄せる自分に驚いていた。

執事というのは、無条件にお嬢様を信頼し忠誠を誓い尽くすものだろうが、こんな短期間で成り立つものなのだろうか。

俺にとって優姫お嬢様が初めてお仕えするお嬢様だし、よく分からないけど…でも、自分でも不思議でならない。

「それもこれも…俺がお嬢様に昔の自分を重ねてしまったから、かなぁ…」

ふと立ち止まり、大きな窓から空を見上げた。