背後から突然強い力で腕を掴まれる。

驚き、振り返ると腕の主は青年だった。

「なんだ…?」

彼は更に力強く腕を引き、人気の無い場所へ私を誘う。

「もう…いいよ。」

しばし無言が続いた後に彼は何とも不思議な言葉を口走った。

何が…?

何がもういいんだ…?

「もういいよ。おじさんの気持ちは伝わったからそれでいいんだよ。」

全く状況の飲み込めない私をちらりと見た後、彼は続けた。

「おじさんが本気で金の為に人殺しをするのか見たかったんだ。」

馬鹿な…そんな事に金を…。

いや、やはり払うつもりなど無いのではないか?

またもやその疑問が頭を支配する…。

「ついて来てくれるかな?」

どこへ連れて行こうというのか?

警戒しながらも、とりあえず人殺しをせずに済んだ事に安心し、私は特に逆らわず後に
従った。

先程までと違い、彼は随分と足取りも早く、先へ先へと何かに急かされるように歩き続けた。

随分彼と私の間には距離が出来ていたが、彼は構う事なく先を急いだ。

余りに早い歩調に彼を見失ってしまい、慌てて駆け出した。

ここは、駅…?

男の背中しか見ていなかった為か、普段見慣れた駅が初めて見る景色に感じられた。

どこに行った?

私をまいたつもりか…?

いや、今更そんな事はするまい。

…コインロッカー!

そうか!

思い付くや否や私は夢中でコインロッカーを捜し、全力で駆け出した。

頭上に見える看板が「コインロッカー」と示す方向へ…。

息を切らせ、左右に首を振る私の前に男は立っていた。

「じゃあ、ちょっと人気の無い所へ行こうか?」

落ち着いた口調で話し、また先を歩き始めた。


またもや彼の背中を追いながら歩き続けたところ、青年は古いビルへと消えていく。

看板は…全て名前を失っていた。

少し身構えながら中へと続く…。