忘れていた。

忘れていた…、翔の事。


翔は車から降りて、車体に背を付けたまま俯いてタバコを吸っている。

話に夢中になりすぎていて翔の事すらすっかり忘れていた。


もう、最悪って言葉しか出てこない。

さっきの話、全部聞かれていた。何処から何処まで聞かれたのか分かんないけど、きっと全て聞かれていただろう。


思わずまた深い溜息が漏れ俯いた時、


「みぃちゃん…」


前方から翔の声が聞こえた。


ゆっくり視線を上げると翔は口からタバコを放し口角を上げる。


「みぃちゃん、今から時間ある?」


コクンと頷くあたしに「じゃあ、早く乗って」と、翔は言葉を続ける。


翔の言葉に従い車まで足を進めると翔は運転席のドアを開ける。それに伴ってあたしも助手席のドアを開けて乗り込んだ。


乗ってすぐ翔はさっき吸っていたタバコを灰皿に押し潰し、エンジンを掛けて車を発進させる。


このシトラスの匂いで少しだけ心が和らぎ、あたしは口を開く事なく目を閉じていた。