大切な時間

《晃太》
 突然の事だった。
 母親がオレの顔を思いっきり殴った。
「あんたなんて産まなきゃよかった!!」
 母親はヒステリックな声でそう叫んだ。
 ぐーで殴られたのは久しぶりだったから一瞬言葉が出なかったけど、オレはできるだけ早くほこりの溜まった頭を回転させて言葉を探した。しかし探しだすより先に口から言葉が出た。

「あーもういいよ我慢できねえ。出ていくよ」
 オレはそう言って家を飛び出した。行き先は決まっていた。さっきのオレと同じように家を出た姉貴のアパートだった。

 小さい頃から親父に虐待を受けてたオレと姉貴と母親は、オレが小学校を卒業すると同時に鹿児島のばあちゃんちに逃げた。しかし父親はすぐに追ってきて、意志の弱い母親はすぐに寄りを戻した。その後また東京に戻って、新しい家で暮らした。オレはその評判から地元の奴が絶対に入らない北高に入学した。
 父親が優しかったのは最初だけで、またすぐに前の父親に戻った。
 姉貴は二十歳になると同時に家を出て、前の地元でアパートを借りた。場所はオレにだけ教えてくれた。
 残されたオレと母親は1年間父親の暴力に耐え、ついに我慢の限界に達した母親が離婚を切り出したら、父親は他の女を作ってあっさりと出ていった。
 しばらく母親と2人で暮らしたが、夜の仕事をするようになってから酒癖が悪くなり、オレを殴るようになった。

 そして今日。オレは家を飛び出した。
 金なら働けばなんとかなる。もう十八になったんだから。学校なんかに未練はない。

 アパートに着くとドアをノックする前に姉貴が出てきた。姉貴は出掛けるところだったらしく、オレを見て驚いていた。しかし姉貴はオレが何も持たずに汗だくになっていることで大体把握できたらしく、入りな。と一言だけ言って中に入れてくれた。

「私これから彼氏の家泊まりにいくから、ここにあるもの何使ってもいいよ」
 そう言って姉貴はオレに生活費として1万円を渡して出ていった。
 一見そっけないけど、何も聞かずにいてくれた事に姉の愛を感じた。

 今は何も話したくなかったから。

 …しかしいつ帰ってくるかは言って欲しかったな。オレは1万円札を見ながらこれからの事を考えた