和人様は工場を辞め、長谷川さんの元で働く事になりました。


「よろしく、みちるさん。」

「私の方こそ・・・。よろしくお願い致します。」

和人様は寮を出られた為、長谷川さんの家に身を寄せられる事になりました。

持っていたのは大きめのカバンがひとつだけ。

篠宮のお屋敷を出た時と同じでございました。

「・・・とは言っても、昔みたいには世話しなくてもいいよ。もう“坊ちゃん”じゃないんだから。」

和人様は、笑顔でそうおっしゃられました。

「・・・はい。かしこまりました。」

私が頭を下げると、

「そういうのも。篠宮の屋敷じゃないんだから。」

「でも、和人様・・・。」

「“様”も、いらないって。」

和人様は笑っておられました。

とても自然な笑顔。

篠宮のお屋敷にいらした頃は、旦那様や雅之様の顔色をうかがってばかりだった和人様が・・・。

和人様は『篠宮家』という呪縛から、すっかり解き放たれているように思われました。

夜逃げをされた旦那様。
音信不通の雅之様。

和人様は一人で、確かに歩み始めておられたのです。