当の父は入院案内を読もうとして机に広げたけれど
『頭に入らない』と言って書類をしまいこんでしまった。
珍しい事もあるものだ。
役所関係の申請書類など、わからない事は何度でも足を運び、漏れのない書類を書いてきた父。
その父が、書類を投げ出した。
「入院の日までに書いときゃいんだから、いんだ」
そう言って、父が好きなクロスワードパズルを始めた。
けれどもすぐに、窓を開けてタバコを吸い、全く読み進まない新聞紙に目を落としていた。
何も頭に入らない様子の父。
【癌】の言葉を聞かないふりしただけだろうか?
「切れば治るんですよね?」
あの時、身を乗り出して聞いた先生への問掛けは、父自身への問掛けか?
そこへ出掛けていた母が帰って来た。最近、物忘れが酷くなっている。
尋常ではない。けれども、病院で診て貰うのは嫌だと言い続けている。
【宣告】されるのが嫌だからなんだそうだ。こちらとしては、白黒、はっきりして欲しい所だけれど…
無理には連れて行けない。
そんな母へ、父の結果を伝える。伝えた後で、母から父に告げられた言葉は
「だから早く病院に行けば良かったのに」
お母ちゃんの退院を待ってたって、言ったよね?
その後も、母のこんな調子は変わる様子も無く、
事の次第を把握している様には、とてもじゃないけど、思えなかった。


