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茅原は病院の階段を地道に上り、ある病室の前に立った。

ドアにあるネームプレートには『公鳥夏樹』と書かれている。

朔に春海の親の事を聞かれた時は焦ってしまった。

春海の母親と会ったら、同時に夏樹の事を知られてしまうかもしれない。

正直言って夏樹の事は朔に気付かれたくなかった。会ったら、思い出されてしまうかもしれない。


ドアをノックして、返事がないのを確認して中に入る。

眠ったままの夏樹の部屋から返事がくる事はまずない。

どちらかといえば他の人間がいるかどうか確かめるためのノックだ。

「…あれ、」

部屋の窓際のベッドにあるべき夏樹の姿はなかった。

検査にでも行ったのだろうか。

「茅原さん」

「!」

病室が静かなため、その声に驚いた茅原は肩をすくませて振り返る。
いたのは、朔だった。

「…公鳥は治療室行ったよ。それで、俺茅原さんと話したいんだけど、いい?」





「…気付いちゃったんだ、ね。」

「うん。」

不思議と病院の庭は静かだった。
もう陽が傾きかけているからかもしれない。

「私、変な力があるの。たまに願った事が別の世界で現実になる。全部じゃないし完璧でもないけど…」

「パラレルみたいな?」

「そう、かな。理由は分からないけどいつの頃からかそうなって、突然世界が出来ていきなり消える。その繰り返し。伊月くんが思い出したのは、私が春海くんと病院で再会した後に出来た世界。…でもね、伊月くんがあの世界に来るって思ってなかった。」

「…うん。そのときは話したこともなかったんだもんね。」

願った事が実現される世界なら、ろくに関わりのなかった朔が入り込むなんて少しおかしい。