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その日、朔太郎は久々に前住んでいた町に足を踏み入れていた。

特に大した用事ではなく、学校にあった置き忘れの荷物を元担任から受け取る、たったそれだけの一時間と掛からない用事である。

だが蓮見とこの町は如何せん県の端と端なものだから、駅まで帰ってくるまでに2時間、少ないバスを2時間も待って、家に着く頃には夕方になってしまった。


「朔おかえり、ご飯待っててね。」

「うん、ただいま。」

夕飯を作る祖母を通りすぎ、自室に入ると涼しい風が吹き付けてきた。

祖母が換気のために開けたらしい。

むしろ寒いな、などと思いながら灯りを付けてみると、部屋の奥に見覚えのある茶色い塊がひとつ。


「…猫、人ん家で何してんだよ。」

うずくまっている茶色の塊は、他でもない猫だった。

「いや何。丁度良い寝床だと思ってな」

「不法侵入…いや猫には関係ないか。…なあ猫、公鳥と初めて会った頃、あいつどんな感じだったの」

「よく笑う奴だったぞ。道で見掛けるときは大体友人が付いて回って、慕われているようだったな。」

公鳥が友達と一緒にいる様子も、笑うところも、朔太郎は一度も見たことがない。

想像してもまるで見当のつかない光景だ。

「まあ前々から困り事は多かったようだがな。あの金魚も俺も、他人には認識できないものだから理解に苦しんだようだ。」

「…猫は、あの金魚どう思う?」

「旨そうだ。」

「そうでなくて。なんで、この町にあんなのが出るんだと思う?」

「…この町にしかないと言うなら、この町にしかないものが原因じゃないのか。」

「!どういう…」

「魚を作り出しているのは、この町にある何かだろう。俺も喰えやしない魚は目障りなだけだ。朔に何とかしてもらいたいものだな。」

「…そういう理由。」

猫らしいような猫らしくないような。

前々から思っていたが、この茶色い毛玉はどこでこういう言葉を覚えてくるのだろうか。