昇降口に行くと、松岡がげた箱に背を預けていた。
「松岡くん」
花乃の声に、顔を上げた松岡はもういつもの表情だった。掴めない表情の裏側に彼が隠していたのは、哀しみだったのだろうか。それを隠して、笑っていたのだろうか? そう思うと、花乃はどうしていいか分からず俯いてしまった。
そんな花乃に構うことなく、松岡はいつも通りに言う。
「帰ろう。送るよ」
帰り道は、二人とも無言のままだった。何を話していいのか分からない。聞きたいことはあるのに、言葉が出ない。花乃の聞きたいことはうまく言葉には表せなかった。
いつもの家までの帰り道が、とてもとても遠く感じた。
そうして、気付く。いつもは、松岡が気を遣って色々と話しかけてくれて、面白い話をしてくれていた。
彼は何を思っているんだろう。
俯いたまま歩いていた花乃は、前を歩く松岡の様子をこっそりと窺ってみた。彼は、まっすぐ前だけを見て無表情で歩いていた。そこからは、何も読み取れなかった。
マンションが近づいてきた時、松岡がふいに振り返った。少し困ったような顔をしていた。
「嘘ついてて、ごめん。今まで付き合ってくれて、ありがとう」
そう言って、彼は頭を下げた。
「え?」
花乃には、意味が分からない。
松岡にお礼を言われる理由が分からない。
「…どうして?」
花乃の問いに曖昧に微笑んだ松岡は、きっぱりと言った。
「俺は、浩介の想いを叶えたかっただけだから。もう、花乃ちゃんには会わない。さようなら」
そして、花乃の返事も聞かずに花乃に背を向けて歩き出した。
その場に残された花乃は、しばらく呆然と立ち尽くしたままだった。

