数日経った。静音は普通に起きあがれる様になり、今日は朝から歩く練習をしていた。

 あの夜から修理の心を納得したのか、これまでの態度はしおらしい。

 修理は、善吉和尚から教えを受けて始めた朝三千回の木の小枝を使った木立打ちを終えた。

 部屋に帰ると、静音が床の間の前に座っていた。
「静音!どうした?」
 修理は裸だった上半身に小袖を纏いつつ静音の後ろに来た。
 そのときぶんと音がして、静音の肘鉄が修理の鼻に当たった!天真正自顕流の極意、一之太刀よりも速かった。
 修理は鼻を押さえて尻餅を突く!

「ぐわっ!・・・しすね!なにふぉする!」
 静音がぎろと修理を向いて言った!
「これはなんじゃ!」
 その手に握られていたものは、あの最後の日に万作が呉れた匂い袋だった!床の間の戸棚の箱に入れておいたのだが、静音に見つかった!
「あ!・・・ふぉ・・・ふぉれは!」
 しかし、ここで万作の名を言えばまた静音の怒りを買い、収拾が付かなくなるだろう!

「これはおなごのものじゃろ!しかも上等な匂い袋!どこぞのおなごに貰った!」
 修理は懐の手拭いで鼻血を拭った。
「き・・・京に来る途中、あるところで年取ったお女中の難儀を救ったんじゃ!さしこみで苦しんでおられたので儂の持っていた薬草を上げたら良くなられた!」
「薬草?」
「そうじゃ・・・儂が道場で賄賂を貰って買った薬草じゃ!」

 修理は必死で言い繕いをした。
 その時買った薬草は父、新右衛門の葬儀でお布施の代わりに法華僧にやってしまったのに。だが、幸運にも静音はそんなことは知らない。
「・・・」

 静音は疑り深そうな目でじっと見た。
「本当か?」
「ああ・・・嘘偽りはない!・・・」

 静音は落ち着きを取り戻して、済まなそうに言った。
「ご免・・・」
 そしてにこっと笑って、
「じゃ、これ貰って良いか?この匂い好きじゃ!」
「えっ!」

 万作の亡霊はまだ去りそうもない。