ピアノっていうのは不思議なもので、同じ鍵盤を叩いているのに、聞き手がいるだけで音色が変わってくる。

それがもう、好きな人だったらその効果はてきめんで。

例え、現代曲を弾いても、音符が無駄に弾んでしまう。

だから、そのたびに潤がくすくす笑って
「曲の解釈違うんじゃない?」
なんて止めてくれるのは、ありがたかった。

もっとも、どうして彼がこんなに音楽に精通しているのかはよく分からないのだけれど。

一時間は、あっという間なので雑談はしない。

それでも、時折視線が絡み合うだけでくすぐったい気分になれるのは、もう、恋する乙女の特権だというほかない。

いつものように、音楽準備室に挨拶してから帰ろうかと思ったら、潤が私の手を取った。

「その扉、開けないほうがいいよ」

軽い口調で、意味深なことを言う。

「どう、して?」

聞いた瞬間。

「……ふざけないでよっ」

ヒステリックな声がして、音楽準備室の扉が開いた。