亀村山町の不思議な出来事

「お帰り竜司。遅かったじゃないか」
 室内の明かりを逆光に、眼鏡がキラリと光る。
「なにが『遅かった』だ! なんで俺の家にお前がいる? どうやって入りやがった!」
 俺はおこってもいいはずだ。鍵をかけたはずの家に堂々と入り込み、俺を待っていた奴がいるからだ。しかもこれが一度目ではないのだから尚更だ。

 眉間に皺をよせて、何か言ってみろといわんばかりに睨む俺に、満面の笑みで返すだけのこの男、編元 天〈あみもと たかし〉俺は天(そら)と呼ぶ。手芸部、料理部を掛け持つ見た目も女にも見える優男風。しかし、その笑顔の下には地獄で手招きしてそうな悪魔がひそんでいる。
 いつもにこにこのくせに突如殴ってきたり、毒づいてきたりするだけならまだしも・・・。

「それに何の匂いだ?」
 食欲をそそるような旨そうな匂い。走り回った身体が極力求めている夕飯の匂い。近所の家からではない、天の背後からだ。
「夕ご飯だよ。今夜はトマトと海鮮サラダとコロッケ、鶏がらスープに五目御飯。デザートは苺プリンとなっております」
 自慢げに夕食のメニューを指折り数えながら教えてくれるが、俺の家の材料じゃなかろうな。

「おい。住居不法侵入の常習犯」
 玄関に上がり、この前にも同じことをやらかした犯人に、多分この前と同じことを言う。
 相手もわかっている。多分同じことを言うだろうと。だからといってにこやかに受け流されるのも腹が立つが・・・・・・。
「どっから鍵見つけた?」
 前回は郵便受けの裏側に貼り付けておいたのをはがされた。前々回は玄関にある花壇に埋めてあったのを掘り起こされた。前々前回は裏返した素焼きの鉢の下に隠していたのを見つけられた。
 だから今回は外に置かずに、自分の鞄に入れている分だけにして予備を家に残した。
 なのにどうして? 今日もコイツが家に上がりこんでる?

 いつもと全く変わらぬ笑顔で、当然のように天は言ってのけた。
「まさか。竜司が忘れたんだよ」
 ズボンのポケットから鍵を取り出して、俺が差し出した手に乗せた。

 なんだ、俺が忘れたのか・・・。