柴を隠すための冗談だと思っていた保健室の住人が、本当にいた。
 いや、マジでこの人泊まったのかっ。

 死体を運ぶ手伝いをしているような気がしてならない田所竜司は思った。これ、いびきかいてるから生きてるよな…殺人ほう助じゃないよな? この状態でよく平気だよなこの人。
 黒いサンダルのような履物が落ちないように、慎重にソファーに寝かせる。それがなんとも重く面倒だった。
 天は一人でこれをやったのか? 下ろすぐらいは簡単そうだが、どうやって引っ張って行ったんだ? 案外、細面だが力持ちの天にしばし感心した。
「ふー。これで安心だね」
 額に浮いてもいない汗をぬぐうと、天は君も共犯だよといった目つきでほほ笑む。

「…俺はこんなことしたくなかったんだ」
 
 自分の言葉がやけに恐ろしかった。

「なにを言っているのさ竜司。仕方のないことさ」
 もうここに用はないとばかりに天は俺の鞄を勝手に持ち去ろうとする。
「いや、待て。俺は手伝いたくてしたんじゃないからな。そこだけはしっかりと覚えておけ」

 天は少しばかり肩を上げて、溜息をついた。
「君は、手伝ったんだよ。明らかに。そこはしっかりと覚えておいてほしいな」

 ニィと口の端だけを上げて笑った。半月のような口元に反して三日月のような眼は笑っていない。顔の表面だけで奇妙に笑っているようだ。
 それが、本人独特の心からの微笑と知っていても恐ろしかった。

 その顔がドアの向こう側に消えると、息が漏れた。
 ほんの数秒の出来事だが息ができなかった。なんて奴だ。

「んで? 用事は済んだか? 竜司」

「ん? まぁね。ってか起きてたのかよっ」

 背後のソファーからさっきまでいびきをかいていた保健室の住人が起き上がった。

「まるで人を死体みたいに扱いやがって。スコップでも持ってるかと思ったぞ」
 ぼりぼりと頭を掻きながら、上体を起こした保健室の住人、いや主。は少なからず怒っているようだ。
 朝の朝っぱらからソファーから引きずり下ろされたり、戻されたりしたのだしょうがないだろう。

「まぁそれはいいとして…お前、鞄いいのか? あいつ持っていったまんまだぞ」

「あっ」
 俺は保健室から走り出た。