全くんが退院する頃には、梅雨はすっかり明けていた。

夜風さえ夏の匂い。
彼がくれた紺のカーディガンは、もう暑い。

病室で全くんに返したとき、せっかくやったのに~と彼は口を尖らせた。


全くんは可愛い。
こっちが思わず笑顔になってしまう。


洗って返せなくて、ごめんね。




――再び、二人で天体望遠鏡を覗く夜がきた。



以前と変わらない、明るい笑顔の全くん。

ただ違うのは、もう彼は自転車をこげない。


二人で流れ星になったみたいに、自転車をとばしたあの日は、いつか戻ってくるのかな。



…HIVウイルスを完全に撲滅させるワクチンは、現代の高度な医学でも未だ見つかっていない。

発症を可能な限り遅らせることはできるけれど。


もしも、本当にもしもだけど、
全くんが元気になることがあったとしても…


…きっと

その頃には、もうここに私は居ないかもしれないな。