警官の姿が見えなくなると
飯岡は非常階段へ出て
くわえた煙草に火をつける
頬が内側に食い込むほど
勢いよく煙を吸い込み
それを一気に吐き出し
その煙の行方に目を細める
あいつ...
あれだけの傷を
躊躇うこともなく自分で...?
あの状況で最初(ハナ)から
カッターナイフを隠し持って
出て行ったのか...?
非常階段の片隅に置かれた灰皿で
煙草を押し付け火を消すと飯岡は
非常階段を後にする
「ほら...」
乙羽の目の前に
ジュースを差し出す飯岡
「ぁりがとうございます」
飯岡は再び
あのうるさいパイプ椅子に
腰掛ける
ジュースを見つめる
乙羽を横目に飯岡は
缶コーヒーのプルタブを開け
一口飲むと乙羽のジュースの
フタを開けて渡す
「ぁりがとうございます」
礼は言うが乙羽は
ジュースに口をつけようとしない
「どこか...
痛むのか?」
「ぇ、ぃぇ...
ただ...
彼の気を引く...って..」
よほど気に入らなかったのか
乙羽が飯岡に聞き返す
「ぁぁ。
まぁ、当たらずも
遠からず...
ってとこだろ?」
そう言い飯岡は
再び缶コーヒーに口をつける
「どの辺が?」
首をかしげ
尚も追求してくる乙羽
「フゥ...」
飯岡は面倒くさそうに
ため息を吐きながら
「事実を話すには
ややこしいんだよ
いろいろと
大人の世界はな...」
そりゃ..
そうだけど...
「だからって...」
他にも
誤魔化しようが
あるでしょう?
そんな言葉を飲み込み
ムクれる乙羽
「俺にとっては
みんなかわいい
子供みたいなもんだ」
飯岡にとってタレントは
何としてでも守らねば
ならない存在であり...
例え西山みたいな
暗く冷たく
捻じ曲がったヤツでも
時には自分を
犠牲にしてでも
守り抜かねばならない
...らしい
「...バッカみたい」
「?」
乙羽らしくない
乙羽の言葉に
一瞬、驚いた様子で
動きが止まる飯岡
「ぁたしは
自業自得だけど...
飯岡さんは違うでしょう?
自分の子供が
親にそんな大怪我
させるわけないじゃない!
傷害で訴えたって
いいくらい...」
「傷害?」
「その顔...
警察に何も聞かれなかったの?」
「コレか?
これは飲み屋でケンカして
その後、単車でコケたんだ」
「何、それ?
誰が信じるの?」
「信じるも何も
本当の話だ...」
飯岡のマネージャー魂には
頭が下がる
何をやってもやられても
飯岡にとってタレントは
守り抜かねばならない
存在なのだ
「さて...
俺は一旦
事務所に戻るが
必要なら誰か人を...」
「一人で...
大丈夫です...」
「そうか...
じゃ、何か
必要な物があったら
事務所に電話しろ」
「...ハイ
ぁりがとうございます」
本当は...
誰か側に
いて欲しい...
でも...
これ以上、飯岡さんを
拘束する訳にも
いかないし...
見慣れない
スタッフジャンパーを着た飯岡
その似合わない
スタッフジャンパーを
襟元までキッチリと
閉めてる様子から
きっと...
スタジャンの中は あの時の
血が付いたままの服だ..
あれからずっと...
飯岡さんはあたしに
付いててくれたんだ...
これ以上は...
飯岡さんに
迷惑かけらんない...
「ありがとう
ございました」
丁寧に頭を下げる乙羽
そんな健気な乙羽に飯岡は
「...柊音は」
言うつもりのなかった
禁断のワードを口にしてしまう
ドキン...
乙羽の心臓が
大きく脈打つ
「...柊音は
ココには来ない...
地方ロケの仕事を...
入れた...
お前には悪いが...」
トクン、トクンと...
大きく脈打つ乙羽の心臓
きっと...
飯岡さんにも聞こえてる
「...ハイ」
平静を装う乙羽
そんな乙羽に飯岡は
「.....
ここでのコトは
もぅ、忘れろ...
借金はたぶん
どうにかなる...
だから退院したら
お前はもぅ...
元の生活に戻れ...」
「...」
元の生活...
タレントの家で自殺騒動を起こし
救急車まで出動させ
近隣及び事務所に
多大な迷惑をかけたあたしは
当然、DOLLを強制解雇となる
元の生活...
ずっと、ずっと...
あんなに望んで
いたはずなのに...
今は何で...
こんなに悲しいんだろう...
飯岡が静かに病室を出て行く

