ばあちゃんが以前のように健康だったら、この並木道をひと周りしたかったが、もうそれほど若い体ではなかった。

 手のひらの温もりを感じながら、ばあちゃんの背中をゆっくり撫でてあげた。


 「しょうがないね。帰ろっか。おんぶしてくから掴まってよ」
 そういって屈んで、ばあちゃんに¨背中においで¨と両手を差しだした。

 「いいじゃよ。みっともないべぇのお」
 本当に嫌なのか照れているのか、顔にでないばあちゃんはわかりづらい。

 でもこういうときは多分照れてるんだと僕にはそんな感じがして。

 「いかべぇのお。放蕩暮らしの孫がおんぶすることなんて滅多にないんだから」

 「恥ずかしいじゃよ」駄々をこねる子供みたいなばあちゃん。


 「どれ」と半ば無理矢理にばあちゃんのおしりを持ち上げた。

 腰は曲がっても元々体の大きかったばあちゃんだからそれなりの体重を換算して力を込めた、その体は思ってたよりもずっと軽くて。

 今までばあちゃんをおぶった事はなかったけれど、こんなに軽いなんて。


 ふと、桜のひとひら、ひとひらが幹から離れていく僅かな音が聞こえた気がした。
 心の準備もないまま、幹との別れを惜しむ僅かな声。

 目の前で、無数の花びらが何処へいくとも知れず風に流れていた。


 その桜は、小さな川の中へ。その手前の草むらへ。幹が陰をつくる歩道へ。ずっと上のほうまで上がっていくものもいた。

 僕はばあちゃんと、そんな桜を眺めた。


 桜の並木道が途切れる頃、ばあちゃんが僕の髪をなでながら、背中越しにぽつりといった。
 「ありがとう。いい花見だったじゃ」

 振り向くと、ばあちゃんのありったけ皺くちゃになった笑顔があって、嬉しかった。


 「どういたしまして」
 いったあと、何故か涙がでそうになって、ばあちゃんのおしりを持ちなおした。


 僕らの歩く傍らに流れる川は、満開の桜の花びらで桃色に染まっていた。


 僕のほっぺの隣にある、ばあちゃんのほっぺと同じ色をして。