婆ちゃんの恋物語

温かくて、ぐっと、背負われた時、恥ずかしいんと照れくさいとで、靖ちゃんと目を合わされへんかってん。

「なんせ、ここから出なあかん。」

爆撃受けたみたいに、街の方に火の手が上がってた。事務所も、やっと建ってる状態で壁にひび割れが、複数太く刻まれててん、余震言うんかいなあ。五分間隔で、2、3度横揺れがあってん。

これが、1944年(昭和19年)12月7日に起きた。
東南海大地震やってん。戦後になって知った事やけど、大阪湾岸地域8000戸が被災してたらしい。
戦時中やから、震度は、解らへんかったけど、戦後、アメリカの測定で、6となんかの書籍に書いてあったわ。

まあ、阪神淡島大震災のあの揺れに近かったんやなあ。
さあ、麻ちゃん、続き話してや。

靖ちゃんと少尉におぶわれた、うちは、集積所内の空き地に、強制労働者家族と共に、揺れが納まるんを待ってたん。

「君ら、どこから来てた、大阪市内か。この辺か。」

「大阪市内です。」

「電車が、止まってしもたみたいやなあ。」

少尉は、うちを降ろしながら、心配そうに、街を見ながら、話してきはってん。

「電車止まってもたら、歩いて帰らなあかんなあ。」

「歩いて帰るって、どれぐらいかかるんやろか。」

「今日は、帰られへんで。道も地割れしてたり、かなり危ないからなあ。
明日、トラックどないか借りて、市内に行くから、一緒に乗って行き、電話も通じへんからなあ。
今夜は、テントを張るからそこで寝なあかんで。」

少尉は、うちの頭をぐちゃぐちゃと撫でて、笑ってたん。