婆ちゃんの恋物語

至る所で、地獄の鬼に刺されて、叫び声をあげる亡者のような、この世のものとは思えない声が、響きわたってたんよ。

耳を塞ぎたくても、手を休めてられへんし、
二、三日、その声が耳に残って、夜、眠れずにいたし。血だらけの人の姿が夢に出てきたり、恐くてね。泣きながら寝てたんやけど、
そのうち、人の身体って、慣れてくるんやな。
不思議なもんで、耳だけじゃなくて、鼻も、目も、順応して行くんよ。
気にならなくなるんやわ。
傷口から、ウジ虫が、出て来るような人が、ほんま、たくさん、たくさん、横たわってたんや。

人の顔なんて、見る暇もなくて、機械のように、包帯を洗って、干して、交換してあげてたわ。

「キミちゃん。」

「千代ちゃん。」

声をかけられて、始めて顔を見たんよ。
千代ちゃんの横に、顔が、わからない程包帯して横たわってる女性いたんよ。
何回か、包帯交換した記憶があるんよ。
でも、傷が酷くて、見覚えのある顔だなんて、
千代ちゃんの話を聞くまで、解らへんかったわ

「お母さんやねん。」

千代ちゃんが、うなだれて口にした言葉。
みじかな人が、空襲で怪我したり、亡くなったりなんて、まだ、経験の無い私には、かなりの衝撃やった。

「もう、虫の息やねん。」

「お母さんなん?。」

私の問いに、頷いた千代ちゃんの服は、煤だらけ、

「お家、焼けたん?。」
「家と、隣が、焼けてしまったんよ。
お母ちゃんは、逃げる時に、焼火弾が擦れてん。私は、町内会の消火訓練に、出てたから、助かってんけど。」

「大変やったね。」

「キミちゃんの家は?。」

千代ちゃんは、心配そうに、真っ直ぐに私を、見つめている。