婆ちゃんの恋物語

工場に行く道すがら、地主さんの屋敷の横を通って通ってたんやけど、4月に入ってからは、昭雄さんに会ってへんかった。
その日も、工場の帰り道なんとのう、屋敷を気にしながら、歩いてたら、
「キミさんでっしゃろ。」

「はい。」

「すんませんけど、ちょっと、屋敷によってもらえまへんか。」

屋敷の奉公人のらしい、背の低い白髪のお爺さんが、声をかけて来はった。
断る理由もないから、また、お母さんに、怒られるのを覚悟で屋敷による事にしたん。
頷いてついて行く、私をチラチラ、振り返りながら、門の勝手口をくぐって、行きはる。私は、慌てて、勝手口に足を踏み入れて、お爺さんの後ろ姿を追っかけるように、歩いたんよ。
広い玄関の奥に、野花の生け花が、目に入って、忘れかけてる。穏やかさがそこにあるような気がした。

「どうぞ、奥に。」

靴を脱いで、スタスタ歩いて行く、お爺さんを、私は、また、靴を揃えてから、追いかけてた。
長い廊下、迷子になるん違うやろか思いながら、ついて行ったんよ。
とうされたんは、大きな座卓の左右に、座布団がひいてあったて。

「少し、待っててくださいな。」

「はい。」